華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

California Girls もしくは しあわせのうた (1965. The Beach Boys)



トータル·バラライカ·ショー」の15曲目なのだけど、レニングラード·カウボーイズとソビエト赤軍合唱団による演奏の動画はどこにも上がっていなかった。フツーにビーチボーイズの曲として取りあげるしかない感じである。

よく考えてみれば、このブログでビーチボーイズの曲を翻訳するのは今回が初めてだ。ロックの歴史においてビートルズに勝るとも劣らないくらい重要な地平を切り開いたグループであることに間違いはないのだが、私自身は積極的に聞いてみようという気持ちになった経験をほとんど持っていない。別にキライではないのだけれど、何なのだろう。海なし県で育って、海と縁のない青春を送っていたことが関係しているのだろうか。吉野の山奥出身の同級生の実家に遊びに行って、ヤスを片手にアユを追いかけ回したような思い出なら残っているものの、「ビキニの水着を着た女性」が現実の世界を歩いたり泳いだりしている姿など、生まれてこのかた一度も見たことがない。本当である。

奈良県の高校生だった我々が野郎ばっかりでアブに刺されながら川魚と格闘していたその同じ時、兵庫県や神奈川県の同世代の男どもは、水着姿の同世代の女の子たちと浜辺で戯れるなどという、ありえないような特権を享受していたというのだろうか。何か、そう考えると、自分でもビックリするほど腹が立ってくるのを感じてしまう。ちなみにそのとき我々がさんざ苦労して捕まえたバケツ一杯のアユやヤマメは、その同級生の実家の豪快なおっちゃんとおばちゃんによって河原にしつらえられたバーベキューの鉄板の上で片っ端から肉と一緒に焼かれてしまい、我々はエバラ焼き肉のタレでそれを食べたのだった。吉野の人たちはアユもヤマメも食べ飽きてるからそういうゼイタクができるのかもしれないが、盆地の我々にしてみればアユはともかくヤマメなんて一生に何度も食べられないような高級魚であるわけで、せめてあの時のヤマメだけは塩で食べたかったという青春のリグレットをこの2019年に至るまで約20年にわたり私は抱え続けてきたわけなのだけど、同じことならもうちょっとぐらい「色気のあること」にほろ苦いメモリーを感じていたかったものである。つくづく。

アメリカ合州国の圧倒的な部分を占める「海なし地方」の若者たちにとって、「太陽にあふれるカリフォルニア」という土地は、そんな海なし県の高校生だった我々の気持ちを何百倍にも増幅したような「憧れの対象」であり続けて来たわけであり、かつビーチボーイズの音楽はその憧れを形にして届けてくれるものだった。ということになるのだと思う。「浜辺でサーフィンをする人」の姿なんて、私はオトナになるまで一度も見ることなく育ったわけだけど、比率にすればアメリカでは確実にもっと多くの人々が、それを一生目にすることなく死んで行くのである。アメリカに行けばどこにでも「そういう青春」が転がっているなどと夢想するのは、大間違いなのだ。そのことは日本などという国に生まれて「アメリカ的な青春」にコンプレックスを感じ続けてこなければならなかった我々の世代の全てが、知っておくべき事実であると思う。

…何が「知っておくべき事実であると思う」じゃ。


California Girls

California Girls

英語原詞はこちら


Well East coast girls are hip
I really dig those styles they wear
And the Southern girls with the way they talk
They knock me out when I'm down there

さあて東海岸の女の子たちはヒップだ。
実際あそこのファッションはスゴい。
そんでもって南部の女の子たちは
喋り方がいい。
あそこに行くとぼくはもう
めろめろになってしまう。


The Mid-West farmer's daughters really make you feel alright
And the Northern girls with the way they kiss
They keep their boyfriends warm at night

中西部の農家の娘さんとかは
一緒にいると落ち着くね。
でもって北国の女の子たちのキスは
彼氏のことを一晩中
あっためてくれるんだってさ。


I wish they all could be California girls
I wish they all could be California
I wish they all could be California girls

それがみんなカリフォルニアの女の子に
なってくれたらいいのにな。
それがみんなカリフォルニアの女の子に
なってくれたらいいのにな。


The West coast has the sunshine
And the girls all get so tanned
I dig a french bikini on Hawaiin island dolls
By a palm tree in the sand

西海岸の太陽はまぶしくて
女の子はみんな日焼けしてる。
お人形さんみたいなハワイの女の子が
砂浜のヤシの木のそばで
フランス生まれのビキニを
着てるところなんかたまらない。


I been all around this great big world
And I seen all kinds of girls
Yeah, but I couldn't wait to get back in the States
Back to the cutest girls in the world

ぼくはこの広い世界を残らずめぐり歩いて
ありとあらゆるタイプの
女の子を見てきた。
いやあだけどぼくはずっと
合州国に戻るのが待ちきれなかったね。
世界で一番キュートな
女の子たちのところに
戻るのが待ちきれなかったね。


I wish they all could be California girls
I wish they all could be California
I wish they all could be California girls

みんながみんなカリフォルニアの女の子に
なってくれたらいいのにな。
みんながみんなカリフォルニアの女の子に
なってくれたらいいのにな。


I wish they all could be California girls
I wish they all could be California girls
I wish they all could be California girls
I wish they all could be California girls
I wish they all could be California girls
I wish they all could be California girls
I wish they all could be California girls

みんながみんなカリフォルニアの女の子に
なってくれたらいいのにな。
みんながみんなカリフォルニアの女の子に
なってくれたらいいのにな。

=翻訳をめぐって=

上図は奇特な人が作成した「この歌の情報にもとづくアメリカの女の子の傾向分布図」であるらしいのだが、この歌詞そのものも含め、あんまりいい趣味だとは思えないな。人間が人間を「品定め」する行為というものを私は何であれ絶対好きになれないし、「される側」はともかく「する側」の人間たちの姿というのは一つの例外もなく「醜悪」なものなのである。それと「According to Brian Wilson」とキャプションにはあるが、ブライアン·ウィルソンは飽くまで「作曲者」の名前であり、作詞者にはボーカリストだったマイク·ラヴ氏の名前がクレジットされている。

上図を含め多くのサイトでこの曲は「カリフォルニアの女の子は世界最高」であるということを歌い上げた「お国自慢の歌」として紹介されているのだが、それってどうなんだろう、という疑問を私はちょっとだけ感じている。アメリカ各地の女の子の「素敵なところ」をいろいろ列挙した上で、その女の子たちがみんな自分の地元であるカリフォルニアの女の子になってくれたらいいのにな、というのがこの歌の内容だからである。ということは逆に言うなら、「カリフォルニアにはロクな女の子がいない」ということを言外にボヤいている歌だということにも、なりはしないだろうか。

確かに「世界で一番キュートな女の子たちのところに戻りたい」とも歌われているわけだけど、そこに示されている地名は「アメリカ全体」を指す「ステーツ」であり、カリフォルニアだとは言っていない。肝心の「西海岸の女の子」については「日焼けしてる」という言及があるだけであり、それだけではホメてるんだかケナしてるんだかも分かったものではない。どっちにしてもアメリカの各地からそんな風に「素敵な女の子」たちがカリフォルニアに押し寄せてきたりした日には、地元の女の子たちは競争率が上がって「困る」はずなのである。「カリフォルニア·ガールズ」を讃えている歌のようでありつつも、実際の「カリフォルニア·ガールズ」の皆さんにとってはひたすら迷惑な歌だとしか思えないのではないかという気がするのだが、どんなものだろう。

以下は、各フレーズをめぐって。

  • Well East coast girls are hip…村上春樹のデビュー作「風の歌を聴け」の一節ではこの部分が「イースト·コートの娘はイカしてる」と翻訳されているのだが、今では「イカしてる」というフレーズ自体がそんなにイカしてない感じがするし、とりわけ手書きで書いた場合この文字列は「いかれてる」と誤読されてしまう危険性が非常に高いため、私自身は意識して、使わないようにしている。「ヒップ」はただ単に「カッコいい」だけに留まらずそこに「都会的なセンス」が感じられる場合にのみ使われる言葉であるのだそうで、日本でこうした言葉が流通しうる余地を持った土地はおそらく東京だけなのだと思う。大阪も確かに「都会」ではあるけれど、あそこには「おいど」しか存在しない。
  • the Southern girls with the way they talk…南部という土地には、もとよりそれは「白人の歴史」でしかないわけではあるけれど、アメリカの他の地方には存在しない「歴史の厚み」というものが存在しており、訛りの中にもそれが表れているのを、アメリカの人たちは感じるのだという。「My mother」を「まぁい マァザー」と言うような感じで「母音を伸ばして喋る」のがその特徴であるのだそうで、恐らくは羽野晶紀さんが喋る京都弁みたいに聞こえているのだと思う。多分。
  • I dig a french bikini on Hawaiin island dolls…ビキニという水着は、1946年にアメリカが南太平洋のビキニ環礁で第二次大戦後最初の原爆実験を強行した際、「それに勝るとも劣らない衝撃」という煽り文句でフランス人のデザイナーが売り出したことから「ビキニ」という名前がついたらしいのだけど、書いていて全然楽しい話ではないので、関心のある方はWikipediaを参照されたい。


しあわせのうた

昔むかしの「みんなのうた」で流れていた榊原郁恵さんのこの歌の歌詞にも、「カリフォルニア·ガールズ」の歌詞世界が影響を及ぼしていた点が多少はあったのではないか。といったようなことをちょっと思った。今回のサブタイトルを「しあわせのうた」にさせてもらった所以である。ではまたいずれ。



=楽曲データ=
Released: 1965.7.5.
Key: B