華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Michael Row the Boat Ashore もしくは漕げよミカエル (19c? African-American Spiritual)


二回前の記事で「漕げよマイケル」という曲名が出たので、言及した曲については必ず翻訳するというこのブログの不文律にのっとり、この曲のことも取りあげておくことにしたい。日本では「黒人霊歌」と訳されてきた、「アフリカン·アメリカン·スピリチュアル」の中でも最も古い歌の中のひとつである。「霊歌」とは何かということについては、今までにも何度か触れてきているので、詳しく知りたい方はそちらも併せて参照されたい。

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「漕げよマイケル」もまた、上記の3つの歌と同じような歴史的·宗教的背景のもとに歌い継がれてきた、文字通りの「民謡=フォークソング」である。英語版Wikipediaのこの曲の記事ではそのあたりの事情が極めて緻密に紹介されているが、日本語版の記事はその冒頭部分をそのまま翻訳した内容になっているので、まずはそれを転載させてもらうことをもって曲の紹介にかえたい。動画は、ピート·シーガーのバージョン。


Michael, Row the Boat Ashore

「漕げよマイケル」 (Michael, Row the Boat Ashore) は、アメリカ黒人のスピリチュアルである。この歌はサウスカロライナ州のシー諸島のひとつであるセントヘレナ島で、南北戦争中に記された。

この歌は、北軍の海軍が封鎖する前に島を去った元奴隷たちによって歌われた。ハーバード大学卒業生で 1862年から1865年までセントヘレナ島で援助に携わっていた奴隷制度廃止運動家のチャールズ・ピカード・ウェアによって、この歌は楽譜におこされた。ウェアのいとこであるウィリアム・フランシス・アレンが1863年に報告した内容によると、元奴隷たちはボートを漕ぎながらこの歌を歌っていた。

1867年にアレンとウェアとルーシー・マキム・ギャリソンによって、1867年に『合衆国奴隷の歌』 (Slave Songs of the United States) でこの歌は最初に発表された。

英語版の記事ではそれに続き、19世紀に白人の学者によって採録されて以来のこの曲の歌詞の変遷とさまざまなバージョンが紹介されている。以下は私が自分で訳出した部分。

記録されている最も古いバージョン

Michael row de boat ashore, Hallelujah!
Michael boat a gospel boat, Hallelujah!
I wonder where my mudder deh.
See my mudder on de rock gwine home.
On de rock gwine home in Jesus' name.
Michael boat a music boat.
Gabriel blow de trumpet horn.
O you mind your boastin' talk.
Boastin' talk will sink your soul.
Brudder, lend a helpin' hand.
Sister, help for trim dat boat.
Jordan stream is wide and deep.
Jesus stand on t' oder side.
I wonder if my maussa deh.
My fader gone to unknown land.
O de Lord he plant his garden deh.
He raise de fruit for you to eat.
He dat eat shall neber die.
When de riber overflow.
O poor sinner, how you land?
Riber run and darkness comin'.
Sinner row to save your soul.

ミカエルの漕ぐ船が岸辺に近づく。
ハレルヤ!
ミカエルの船はゴスペル·ボートだ。
ハレルヤ!
母ちゃんはどこにいるんだろう。
見えるぞ。母ちゃんはロックの上だ。
ロックの上で揺られて
イエスさまの名のもとに
ふるさとに帰るんだ。
ミカエルの船は音楽の船。
ガブリエルがトランペットを吹き鳴らす。
おっとっと。
自慢話にゃ気をつけな。
自慢話はおまえの魂を
地獄に沈めちまうよ。
きょうだいの男たちよ
助けの手を貸してくれ。
きょうだいの女たちよ
あの船の帆を動かすのを手伝ってくれ。
ヨルダン川の流れは広くて深い。
その向こう岸には
イエスさまが立っておられる。
向こうにはモーゼさんも
いらっしゃるんだろうか。
父ちゃんは
誰も知らない国に行ってしまった。
ああかみさまは
その庭に樹を生やし
みんなの食べるくだものを
育てあげてくださる。
その食べ物はなくなることもないし
終わることもないんだ。
その川が溢れ出したとき
あああわれなつみびとよ。
どうやって陸地を見つけるつもりだ?
川は流れ暗闇が近づいてくる。
つみびとたちよ。
自分の魂を救うために
その船を漕ぐんだ。

同じく古いバージョン

Michel, row the boat a-shore
Hallelujah!
Then you'll hear the trumpet blow
Hallelujah!

ミカエル、そのボートを
岸に向かって漕いでくれ
ハレルヤ!
そしたらきっと
トランペットの音が聞こえるだろう
ハレルヤ!


Then you'll hear the trumpet sound,
Hallelujah!
Trumpet sound the world around
Hallelujah!

トランペットの音が聞こえるだろう
ハレルヤ!
世界中に鳴り響くトランペットの弟が
ハレルヤ!


Trumpet sound the jubilee
Hallelujah!
Trumpet sound for you and me
Hallelujah!

トランペットはお祭りの音
ハレルヤ!
トランペットが響くのはみんなのため
ハレルヤ!

Michel row the boat a-shore」を直訳すると「マイケル(ミカエルの英語読み)は岸に向かってボートを漕ぐ」という客観的な情景描写のフレーズになるが、「マイケル」の後にコンマが入った場合、「マイケルよ、岸に向かってボートを漕げ」という命令形のフレーズになる。そして書き言葉でなく話し言葉の中では、英語話者にとってコンマなどというものは心の中にしか存在しないものであるわけだから、耳で聞いただけではどちらの意味で言っているのか区別できない場合が往往にして起こりうる。そんな風にしてこの歌は、歌っている人たちの心の中でも、「大天使ミカエルが船を漕ぐ」という元々の内容から、「岸に向かってボートを漕げ」という景気のいい囃し歌へと「変貌」を遂げていったのだと思われる。英語版Wikipediaの記述は以下のように続く。

This song originated in oral tradition, and there are many versions of the lyrics. It begins with the refrain, "Michael, row the boat ashore, Hallelujah." The lyrics describe crossing the River Jordan, as in these lines from Pete Seeger's version:
この歌はもともと口承で伝えられてきたものであり、歌詞にはさまざまなバージョンがある。冒頭の歌詞はヨルダン川を渡る場面の描写であり、ピート·シーガーのバージョンでは以下のように歌われている。

Jordan's river is deep and wide, hallelujah.
Meet my mother on the other side, hallelujah.

ヨルダン川は深くて広い
ハレルヤ!
向こう岸に行って母さんに会おう
ハレルヤ!


Jordan's river is chilly and cold, hallelujah.
Chills the body, but not the soul, hallelujah.

ヨルダン川は凍てつくように冷たい
ハレルヤ!
体はこごえさせられても
魂まで凍りつかせることはできない
ハレルヤ!

The River Jordan was where Jesus was baptised and can be viewed as a metaphor for deliverance and salvation, but also as the boundary of the Promised Land, death, and the transition to Heaven.
ヨルダン川はイエスが洗礼を受けたとされている場所であり、「奴隷」の身分からの解放と救済のメタファーであると見なされうる。だが同時にそれは「約束の地」との境界線をなしており、「死を通した天国への移行」の表現であるとも見なされうる。

According to William Francis Allen, the song refers to the Archangel Michael. In the Roman Catholic interpretation of Christian tradition, Michael is often regarded as a psychopomp or conductor of the souls of the dead.
19世紀アメリカの文献学者、ウィリアム·フランシス·アレンの説によると、この歌に歌われているのは「大天使ミカエル」である。ローマン·カトリックの解釈やキリスト教の伝統においては、ミカエルはしばしば死者の魂を冥界に運ぶ者、もしくはその案内人と見なされている。

Janie Hunter, former singer of the Moving Star Hall singers, noted that her father, son of former slaves, would sing the spiritual when he rowed his boat back to the shore after catching fish.
サウスカロライナ州のジョンズ島にあるムービング·スターホールで歌っていたジェニー·ハンターは、かつて「奴隷」だった親のもとに生まれた自分の父親が、漁に出て帰ってくる船の上でこの霊歌を歌っていたことを記録している。

Row, Michael, Row, Hallelujah,
Row, Michael, Row, Hallelujah,
Row the boat ashore, Hallelujah,
See how we (do) the row, Hallelujah,
See how we the row, Hallelujah,
Let me tries me chance, Hallelujah,
Let me tries me chance, Hallelujah,
Jump in the jolly boat, Hallelujah,
Jump in the jolly boat, Hallelujah,
Just row Michael, row, Hallelujah,
Row the boat ashore, Hallelujah.

漕げよマイケル、漕げ、ハレルヤ!
漕げよマイケル、漕げ、ハレルヤ!
船を岸まで漕げ、ハレルヤ!
おれたちの漕ぎっぷりを見ろ、ハレルヤ!
おれたちの漕ぎっぷりを見ろ、ハレルヤ!
おれにもやらせてくれ、ハレルヤ!
おれにもやらせてくれ、ハレルヤ!
愉快なボートに飛び乗れ、ハレルヤ!
愉快なボートに飛び乗れ、ハレルヤ!
ひたすら漕ぐんだマイケル、ハレルヤ!
漕げよマイケル、漕げ、ハレルヤ!


Harry Belafonte / Michael row the boat ashore

Harry Belafonte sang a rather different rendition on his album Midnight Special which combines elements drawn from Christianity, American slavery, and Civil Rights Movement. The lyrics work their way through different parts of the Biblical narrative before concluding with the following verses:
キリスト教精神やアメリカの奴隷制度、そして公民権運動などを題材にしたハリー·べラフォンテのアルバム「ミッドナイト·スペシャル」においては、また違った歌詞が歌われている。

They nailed Jesus to the Cross, Hallelujah
But his faith was never lost, Hallelujah
So Christian soldiers off to war, Hallelujah
Hold that line in Arkansas, Hallelujah
Michael row the boat ashore, Hallelujah!
Michael row the boat ashore, Hallelujah!

やつらはイエスを十字架にかけた、ハレルヤ!
だが信仰は失われなかった、ハレルヤ!
だからキリスト教の戦士たちよ、
戦場に向かえ、ハレルヤ!
アーカンソーの戦線を守りぬけ、ハレルヤ!
ミカエルの漕ぐ船が岸辺に近づく、ハレルヤ!
ミカエルの漕ぐ船が岸辺に近づく、ハレルヤ!


Like Joshua at Jericho, Hallelujah
Alabama's next to go, Hallelujah
So Mississippi kneel and pray, Hallelujah
Some more buses on the way, Hallelujah
Michael row the boat ashore, Hallelujah!
Michael row the boat ashore, Hallelujah!

ジェリコのヨシュアのように、ハレルヤ!
次に続くのはアラバマだ、ハレルヤ!
だからミシシッピよ、
ひざまづいて祈れ、ハレルヤ!
バスはどんどんやってくる、ハレルヤ!
ミカエルの漕ぐ船が岸辺に近づく、ハレルヤ!
ミカエルの漕ぐ船が岸辺に近づく、ハレルヤ!


野坂昭如 黒の舟唄

おまえが17おれ19。この歌に出てくる「ロウ エンド ロウ」という歌詞を、十代の頃の私は「低く深く沈んで行こうという」意味だと思って聞いておりました。LowではなくてRowだったのですね。ではまたいずれ。