華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Exit もしくは神の左手悪魔の右手 (1987. U2)


Exit/Gloria

Exit

英語原詞はこちら


You know he got the cure
You know he went astray
He used to stay awake
To drive the dreams he had away
He wanted to believe
In the hands of love

いいだろうか
その男は癒しを手に入れたのである
いいだろうか
その男は道から逸れてしまったのである
その男は眠らずに起きていることを
常としていた
「愛の手」というものを彼は
信じていたいと思っていたのだった


His head it felt heavy
As he cut across the land
A dog started crying
Like a broken hearted man
At the howling wind
At the howling wind

自分の頭が重たいように
彼には感じられた
その世界を真っ二つに
突っ切ろうとしていた時のことである
一匹の犬が吠えはじめた
失意の心を抱えた男のような声で
吠えはじめた
うなりをあげる風に向かって
うなりをあげる風に向かって


He went deeper into black
Deeper into white
Could see the stars shining
Like nails in the night
He felt the healing
Healing, healing
Healing hands of love
Like the stars shiny shiny
From above

黒々とした世界に
白々とした世界に
その男は深く深く
落ち込んで行った
夜にばらまかれた釘のように
星が輝いているのが見えた
彼は癒しを感じた
癒しを
癒しを
癒しを与えてくれる
一本ではない愛の手を
高い空にきらきらと輝く
星のような愛の手の存在を


Hand in the pocket
Finger on the steel
The pistol weighed heavy
His heart he could feel
Was beating, beating
Beating, beating oh my love
Oh my love, oh my love
Oh my love

手はポケットの中
指には鋼鉄の手触り
そのピストルは
重たく感じられた
自分の心臓が
高鳴っているのが
高鳴っているのが
彼には感じられた
ああこれが
これが自分の愛だ
自分の愛だ
自分の愛なのだ


My love
自分の愛なのだ

Saw the hands that build
Can also pull down

ものをつくりだすふたつの手
同時に破壊することもできる自分の両手に
彼は目をやった


The hands of love
愛の手だった

=翻訳をめぐって=

「イグジット」と読むのですってね。私は長いこと長いこと「エキスト」だと思っていた。「Exit」というのは割とどこでも、目にする文字列ではあるのだけれど。

この歌を読み解くキーワードとなりそうに思われるのが、「The hands of love」というフレーズである。「愛の手」と訳しても構わないのだろうけれど、「hand」が複数形になっているところがどうも意味ありげで、無視できない。大体「愛の手」というのもよく聞く言葉ではあるけれど、それって一体何なのだということを正面から問われたならば、即答できる人がいるようには思えない。

「めぐまれない子どもたちに愛の手をー」と連呼しながら募金活動を行なっている子どもたちのところに三味線を持って現れて「合いの手」を入れてゆくおばさんを描いた相原コージのマンガが私は大好きだったりしたものなのだが、「困っている人を助けるために具体的な行動を起こすこと」は、日本語においても英語においても「手を差し伸べる」という言い方で表現されることが多い。誰かの「手」が差し伸べられることのない限り、困っている人たちはいつまでも困ったまま放置されている他にないわけで、言い換えるならその人たちに対する「愛」というものは、「手を差し伸べるという行為」によってしか「表現」され得ないものであるわけである。その「差し伸べられる手」のことを言い表したフレーズが「hands of love=愛の手」だということに、とりあえずは、なるのだと思う。大した話はしていないのにえらくややこしい言い回しを、私は使っているな。

でもってこの歌の主人公の男性にとっての「愛の手」とは、「自分に向かって誰かから差し伸べられる手」のことを意味しているのだろうか。それとも「自分が誰かに差し伸べようとしている手」のことを意味しているのだろうか。多分その両方を含めた意味で、「hands of love」という言葉は使われているように感じられる。それが「自分から誰かに差し伸べる手」である場合、基本的には二本だけだが、「誰かから自分に差し伸べられる手」の数は無数に存在しうる。あるいは「神から自分に差し伸べられる手」のことを言っている可能性も考えられるけど、その場合「神」の「手」も人間と同様に「二本」であると想定されているということに、なるのだろうか。いずれにしても「hands of love」というフレーズが我々に開示してくれている情報は、それが「一本ではない」ということだけである。最初は全部を「愛の両手」と訳していたのだが、「一人分の手」のことしか言っていないフレーズだと決めつけていい理由も、どこにも存在していない。なので結局上記のごとく、けっこう混み入った言葉遣いの試訳とならざるを得なかった。

ところでそんな風に「hand」が複数形である理由についてあれこれ考えを巡らせていた間、私の頭の中をぐるぐる回っていたのは、夜の海から突き出した無数の「手」が「ひしゃくをくれー」という声と共に漁船に向かって迫ってくる、子どもの頃に「まんが日本昔ばなし」で見た「船幽霊」のイメージだったのだけど、あれはとっても怖いお話だった。しかしながら考えてみると、あの恐ろしげな「船幽霊の手」というものも、見方によっては「愛の手」であると言って言えないことはないのだということに、私は思い当たった。海で遭難して水死した人たちの霊が「救いを求めて」生者の船に群がっているのだとした場合、あの「手」が求めているのは「愛」そのものなのである。一方で「あの世」という「いいところ」で暮らしている亡者たちが、生きている人間たちもその「いいところ」に連れて行ってやろうという趣旨で登場したのだとした場合、あの「手」はそれこそ「愛を与えるため」に、海中から生者に向かって、突き出されているわけなのである。


まんが日本昔ばなし 船幽霊

「愛を与える」ということと「愛を受け取る」ということは表現としては別々に成立しうるけど、「愛する」という行為はその「両方」をひっくるめた意味でしか成立しないわけであり、それが具体的に意味するところは「自分の意思によって他人の人生をどうこうすること」もしくは「自分の人生が他人の意思によってどうこうされること」に他ならないわけである。(こういう風に書くとどっちが「愛する」でどっちが「愛される」ということなのかなんて、たちまち分からなくなってしまうでしょ。つまり両者は本来的には「同じこと」だとしか言いようのない概念である気がするわけです)。そういう風に考えた場合、「愛の手」というのは差し伸べられる側からしてみればとても「うれしい」ものではあるわけだけど、同時にそれはとてつもなく「恐ろしい」ものだということが、言えるのではないだろうか。

「愛」という美しい言葉に、素晴らしさと裏腹に必ずつきまとっているその「恐ろしさ」を表現しようとしたのが、つまるところは、この歌なのではないかと思う。

それ以上のことを言っても蛇足にしかならない気がするかな。それを言い出すなら上に書いたことも最初から全部蛇足みたいなものなのだが。

ちなみにアルバム「Joshua Tree」でこの歌の前に収録されている「 One Tree Hill」という曲にも、「hands of love」というフレーズは登場する。ピノチェト政権によって虐殺されたチリの民衆歌手ヴィクトル·ハラが、その両手を「二度とギターが弾けないように」撃ち砕かれたという逸話にちなんで、彼氏のことを讃えるフレーズとしてである。しかしながら「Exit」に描かれているのは、神を信じる「真面目な心」をもっているにも関わらず、「人も殺せる自分の手」こそが「愛の手」であることを「発見」してしまった一人の男が、そこから一種の全能感に取り憑かれてどんどん道を踏み外してゆく過程なわけであり、ボノはさすがにそれを「讃えて」いるわけではないと思う。それにも関わらず「hands of love」という「同じ言葉」を連続する二曲で並べて使ってみせたところに、ボノという人自身が自分の中の「愛」や「暴力性」とどう向き合っていいか分からないまま生きているという「苦悩」が、言ってみるなら「素直に」表現されているように感じられる。


Michael Jackson/ Beat It

似てる。とどうしても感じてしまう。ちなみに「Joshua Tree」より5年も前の曲である。まあ、全然違う曲であることは明らかだし、別に両者の関係性を解き明かして云々しようといったような気持ちがあるわけでもないのだけれど。というわけでまたいずれ。


=楽曲データ=
Released: 1987.3.9.
Key: G