華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Wanted Man もしくは1992.10.16.#4 (1969. Bob Dylan)

nagi1995.hatenablog.com
私が中学2年生だった時にNHKで放送されたボブ·ディランのデビュー30周年トリビュートコンサート、ジョン·クーガー·メレンキャンプのオープニングに続いてクリス·クリストファーソンによる短い挨拶があり、二番目にステージに上がったスティービー·ワンダーの歌ったのが「風に吹かれて」だったわけなのだが、その時のことについては上の記事で詳述したので、ここでは繰り返さない。

そしてその次に登場したのがジョージ·サラグッドという人で、「Wanted Man」という曲を歌ったのである。ところが奇妙なことに、この人のこの演奏は後から発売されたCDにもビデオ(当時はVHS)にも、収録されていない。YouTubeにもその時の動画は上がっていなかった。家で録画したビデオでは、まあそこだけ見たくて再生したような記憶はないにせよ何度も数えきれないくらい見ていた演奏だったのに、それがどうしてここまで完膚なく歴史から抹殺されるような事態になっているのか、私にはわからない。

わからないといえばその時サラグッド氏が歌った「Wanted Man」という曲自体、当時はどんなレコード屋を探しても、見つからなかった。この曲の入ったCDをどうしてもほしかったというわけでもこれまたなかったのだが、大阪まで出かけて行って店の棚に並んでいるディランのCDないしLPのジャケットを全部ひっくり返してみても、「Wanted Man」という単純きわまるこの曲のタイトルは、どこにも見つけることができなかった。今になって調べ直してみたら、何とこの曲が正式に発売されたのは、去年(2019年)のことであるらしい。曲自体はディランが1969年にジョニー·キャッシュと一緒にテレビに出たときに歌っていたものらしいのだが、長らくずっと海賊版でしか聞くことのできない音源になっていたのだという。

日本語版Wikipediaには名前も載っていないジョージ·サラグッドという人が、天下のスーパースターの結集する大コンサートの三番目に登場して、かつ歌ったのがコアなファン以外には誰も知らないような未発表曲だった。それが今では歴史から消されて「なかったこと」にされている。謎は深まるばかりなのだが、何はともあれ思い出に決着をつけるため、この曲も翻訳しておくことにしたい。なお、片桐ユズルさんの訳した歌詞集には掲載されていなかったこの歌も、このたび岩波書店から発行された佐藤良明氏の新訳版では、さすが決定版。掲載されている。まあ、内容に関しては、言っちゃあ何だけどどうと言うこともない歌なもので、これといってコメントするようなことも見つからないのだけれど。


Wanted Man (Bob Dylan & Johnny Cash)

Wanted Man

英語原詞はこちら


Wanted man in California, wanted man in Buffalo
Wanted man in Kansas City, wanted man in Ohio
Wanted man in Mississippi, wanted man in old Cheyenne
Wherever you might look tonight, you might see this wanted man

カリフォルニアのお尋ね者
バッファローでもお尋ね者
カンザス·シティのお尋ね者
オハイオ州でもお尋ね者
ミシシッピ州でお尋ね者
おなじみのシャイアンでもお尋ね者
どこであれ今夜目を光らせていれば
このお尋ね者を見つけることになるだろう


I might be in Colorado or Georgia by the sea
Working for some man who may not know at all who I might be
If you ever see me comin’ and if you know who I am
Don’t you breathe it to nobody ’cause you know I’m on the lam

おれはコロラド州にいるかもしれないし
ジョージアの海岸沿いにいるかもしれない
おれのことを全然知らない人間のもとで
仕事をしていることだろう
もしあんたがおれの来るのを見つけて
おれが何者かも知っているなら
誰にも言うなよ
だっておれは逃亡中なんだから


Wanted man by Lucy Watson, wanted man by Jeannie Brown
Wanted man by Nellie Johnson, wanted man in this next town
But I’ve had all that I’ve wanted of a lot of things I had
And a lot more than I needed of some things that turned out bad

ルーシー·ワトソンに追っかけられてて
ジーニー·ブラウンにも追っかけられてる
ネリー·ジョンソンにも追っかけられてて
隣の町でも追っかけられてる
でもおれは自分のほしいものは
全部手に入れてきた
自分が必要な分より
もっと多く手に入れてきたし
手に入ってからよくないものだと
わかったものもずいぶんあった


I got sidetracked in El Paso, stopped to get myself a map
Went the wrong way into Juarez with Juanita on my lap
Then I went to sleep in Shreveport, woke up in Abilene
Wonderin’ why the hell I’m wanted at some town halfway between

エルパソで道から外れ
地図を探した
フアニータを膝に乗っけてたもんで
フアレスに行ってしまったのだった
でもっておれはシュリーブポートで眠り
アビリーンで目を覚ました
何だっておれはその中間のいろんな町でも
お尋ね者になってるんだって思いながら


Wanted man in Albuquerque, wanted man in Syracuse
Wanted man in Tallahassee, wanted man in Baton Rouge
There’s somebody set to grab me anywhere that I might be
And wherever you might look tonight, you might get a glimpse of me

アルバカーキでもお尋ね者
シラキュースでもお尋ね者
タラハシーでもお尋ね者
バトンルージュでもお尋ね者
どこに行っても
おれを捕まえようとするやつが
待ちかまえてやがる
今夜はどこであれ目を光らせていれば
おれの姿を見かけることだろう


Wanted man in California, wanted man in Buffalo
Wanted man in Kansas City, wanted man in Ohio
Wanted man in Mississippi, wanted man in old Cheyenne
Wherever you might look tonight, you might see this wanted man

カリフォルニアのお尋ね者
バッファローでもお尋ね者
カンザス·シティのお尋ね者
オハイオ州でもお尋ね者
ミシシッピ州でお尋ね者
おなじみのシャイアンでもお尋ね者
どこであれ今夜目を光らせていれば
このお尋ね者を見つけることになるだろう


Wanted Man (George Thorogood & The Destroyers)

=翻訳をめぐって=

  • old Cheyenne…ワイオミング州の街。近くにララミー牧場の舞台となった場所があって、西部劇の舞台として有名だったので、「old (おなじみの)」という枕詞がついているのだと思われる。
  • Lucy Watson/ Jeannie Brown/ Nellie Johnson…全部女性の名前。
  • And a lot more than I needed of some things that turned out bad…私の英語力では訳し方がよくわからなかった箇所なのだが、「of」という単語は「have」の代わりに使われることがあるということが辞書に書いてあったので、それに従う形で翻訳した。
  • El Paso…メキシコとの国境に位置するテキサス州の街
  • Juarez…メキシコの初代大統領の名前にちなんで命名された「シウダー·フアレス」というチワワ州の街の名前を指しているのだと思う。この地名は「親指トムのブルースのように」という曲でも登場するので、ディランにとっては何らかの思い入れのある単語なのだと思われる。
  • Juanita…「Juana (フアナ)」というスペイン語の女性名に対して使われる愛称だとのこと。
  • Shreveport…ルイジアナ州の街。
  • Abilene…テキサス州の街。以下、アルバカーキはニューメキシコ州、シラキュースはニューヨーク州、タラハシーはフロリダ州、バトンルージュはルイジアナ州の、それぞれ街の名前。