華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

誰伴我闖蕩 もしくは 明日はどっちだ (1991. Beyond)


誰伴我闖蕩

すぉい ぶんごぉ チョんどん
誰伴我闖蕩
広東語原詞はこちら


chin4 min6 si6 na5 fong1
前面是哪方
seui4 bun6 ngo5 chong2 dong6
誰伴我闖蕩
yun4 lou6 mut6 yau5 ji2 yan5
沿路沒有指引
yeuk6 ngo5 jau2 seung6 yau6 si6 jaak3 hong6
若我走上又是窄巷

前に向かってって言うけれど
どっちが前だって言うんだろう
おれのこのさすらいにつきあって
くれるやつなんているんだろうか
道の上には標識もなく
歩き出せばまた袋小路だ


cham4 mung6 jeung6 pok3 fo2
尋夢像撲火
seui4 gung6 ngo5 fung1 kong4
誰共我瘋狂
cheung4 ye2 jim6 gok3 bing1 dung3
長夜漸覺冰凍
daan6 ngo5 ji2 yau5 jeun6 leung4 heui3 do2
但我只有盡量去躲

夢を追いかけることは
火の中に飛び込むようなもの
おれと一緒に瘋狂になってくれるような
そんなやつがどこにいるだろうか
長い夜はやがて凍てつくように冷え込んで
おれにできるのはできるだけ
身を隠していることぐらい


gei2 do1 tin1 jan1 dik1 lei5 seung2
幾多天真的理想
gei2 do1 jaau2 dou3 si6 teui4 song1
幾多找到是頹喪
cham4 mak6 heui3 ying4 sat1 mong6
沈默去迎失望
gei2 do1 sam1 jung1 chong3 seung1
幾多心中創傷

いくつもの無邪気な理想は
いくつもの挫折に取って代わられ
沈黙が失望の肩を抱き
心に刻まれた傷跡は数えきれない


ji2 yau5 daam6 mong4
只有淡忘
chung4 chin4 wa2 syut3 yiu3 yu4 ho4
從前話說要如何
kei4 sat6 nei5 yu5 jok6 yat6 dik1 ngo5
其實你與昨日的我
wut6 dou3 gam1 tin1 bin3 fa3 sam6 do1
活到今天變化甚多

時が忘れさせてくれるのを
待つしかないんだろうな
何になるんだとか
何をやるんだとか言ってたけれど
その実おまえも昨日のおれも
変わることを繰り返しながら
こうして今を生きている


zi2 yau5 waan4 keung4
只有頑強
ming4 yat6 lou6 zung3 wui6 gang1 pong4 wong4
明日路縱會更徬徨
pei4 gyun6 gwaan3 liu5 zoi3 mut6 gam2 gok3
疲倦慣了再沒感覺
bit6 zoi6 ho2 sik1 gai3 gaau3 sam6 mo1
別在可惜計較什麼

強くなるしか
ないんだろうな
明日から始まるのがまた
さすらいの毎日だったとしても
疲れることには慣れてしまったし
今さら何も感じない
損得勘定したって
仕方がないじゃないか


seui4 yun6 ye6 taam3 fong2
誰願夜探訪
lau4 zoi6 ngo5 san1 pong4
留在我身旁
pui4 bun6 dou6 gwo3 hak1 am3
陪伴渡過黑暗
wai4 ngo5 keui1 saan3 zik6 mok6 tung3 cho2
為我驅散寂寞痛楚

夜中にわざわざおれのことを探して
寄り添ってくれるようなやつが
どこにいるだろうか
共に闇をくぐり
さびしさと苦しみを
おれから追い出してくれるようなやつが
どこにいるだろうか


cham4 mik6 mut6 git3 gwo2
尋覓沒結果
seui4 bun6 ngo5 chong2 dong6
誰伴我闖蕩
kei4 mong6 bou6 yu5 piu1 heui3
期望暴雨飄去
bin6 wui6 chung1 hoi1 ming6 wan6 kwan3 so2
便會衝開命運困鎖

探し求めるばかりで
結果が出せない
おれのこのさすらいにつきあって
くれるやつはいるんだろうか
嵐が過ぎ去って
運命の鎖を断ち切ってくれる
そんなことでも起こればいいんだが


gei2 do1 tin1 jan1 dik1 lei5 seung2
幾多天真的理想
gei2 do1 jaau2 dou3 si6 teui4 song1
幾多找到是頹喪
cham4 mak6 heui3 ying4 sat1 mong6
沈默去迎失望
gei2 do1 sam1 jung1 chong3 seung1
幾多心中創傷

いくつもの無邪気な理想は
いくつもの挫折に取って代わられ
沈黙が失望の肩を抱き
心に刻まれた傷跡は数えきれない


ji2 yau5 daam6 mong4
只有淡忘
chung4 chin4 wa2 syut3 yiu3 yu4 ho4
從前話說要如何
kei4 sat6 nei5 yu5 jok6 yat6 dik1 ngo5
其實你與昨日的我
wut6 dou3 gam1 tin1 bin3 fa3 sam6 do1
活到今天變化甚多

時が忘れさせてくれるのを
待つしかないんだろうな
何になるんだとか
何をやるんだとか言ってたけれど
その実おまえも昨日のおれも
変わることを繰り返しながら
こうして今を生きている


zi2 yau5 waan4 keung4
只有頑強
ming4 yat6 lou6 zung3 wui6 gang1 pong4 wong4
明日路縱會更徬徨
pei4 gyun6 gwaan3 liu5 zoi3 mut6 gam2 gok3
疲倦慣了再沒感覺
bit6 zoi6 ho2 sik1 gai3 gaau3 sam6 mo1
別在可惜計較什麼
chi2 zung1 seung6 lou6 gwo3
始終上路過

強くなるしか
ないんだろうな
明日から始まるのがまた
さすらいの毎日だったとしても
疲れることには慣れてしまったし
今さら何も感じない
損得勘定したって
仕方がないじゃないか
初めから終わりまで
道の途上なのが人生だ



「瘋狂」は「精神病者」に対する差別表現です。ここでは原文をそのまま転載しました。

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=翻訳をめぐって=

「前面是哪方」は直訳するなら「前ってどっちだ」である。

けだし名言である。

基本、「前」とは「自分の顔の向いている方向」のことを言うわけだけど、例えば右も左も分からないような暗闇に迷い込んでしまったら、そんな定義はたちまち何の役にも立たなくなってしまう。

高校の地学の時間に、空にある星の絶対的な位置を座標で表わすやり方というのがどうしても理解できなくて、途方に暮れたことを思い出す。(奈良県立平城高校は、理科の授業で地学を選択できる、当時の県下でふたつしかない学校のひとつだった。それが目当てで入ったわけでもなかったけれど、とても幸運な出会いだったと今でも思っている)。地球の上で生活している分には気づかないが、「上下左右」や「東西南北」などというのはしょせん、「地球の上でしか」通用しない概念なのである。

宇宙の「南北」は、辛うじて定義することができる。地球は地軸を中心にして回転しているわけだから、その延長線の方角をそれぞれ「北」「南」と考えればいいわけで、その伝で行くなら「北極星は地球の北側に位置する星である」みたいなことを言われても、一瞬面くらいはするものの、それがどういうことを言っているかということぐらいは、とりあえず理解できる。

しかし宇宙の「東西」となると、そうは行かなくなる。だって、地球は回っているのである。何んにもない宇宙の真ん中で、と言うか中空で、回転しているのである。東も西も、あったものではない。つまり宇宙というのは「南北は存在するけど東西は存在しない世界」であるということになるわけで、当時の私はこの辺から授業について行けなくなったことを鮮明に覚えている。

宇宙のなりたちがわかればわかるほど、それまでわかったつもりでいたことが、わからなくなってゆくのである。

自分がどこにいて、どちらを向いて歩いているかということを、基本人間は「わかったつもりで」生活しているわけだけど、それというのは例えば自分の家がどこにあるとかどの街に行けば誰に会えるとかいった「変わることのない前提」が無数に存在していることを基準にした上にのみ、成立している「状態」にすぎないわけである。そしてその「当たり前の前提」が、ある日突然何の前触れもなく自分の足元から失われてしまうような事態というものが、人生には往々にして起こりうる。

いわゆる「前向きな歌」よりも、そんな風に「どっちが前なのかも分からないような状態に陥ってしまった人の気持ち」を歌った歌というものに、私は昔から惹かれる傾向がある。世間が「前」だと言う方向に言われるままに進んでいけば、行き着く先に待っているのが戦争で殺し合いをさせられるような未来でしかありえないことは、あまりにも明らかだからである。

「前面是哪方」という端的なフレーズには、進むべき道を見失って途方に暮れている主人公の苦しみが表現されていると同時に、「世間に流されて生きることはしない」という矜恃が示されていることが感じとれる。しかしながらそのニュアンスまで含めて全部を取りこぼさないような日本語訳を作ろうと思ったら、文字数ばかりいたずらに増えて原詩のキッパリした印象が消えてしまう。中国語の歌詞の翻訳は本当に難しい。

「只有淡忘」という部分についても、「タダ淡忘アルノミ」みたいな訓読調で訳した方がどんなに潔いだろうかと考えた。けれどもその訓読調を「今の日本人」である我々は「古い言葉」だと認識するわけだけど、歌っている黄家駒本人はれっきとした「今の人」なのである。もう四半世紀も前に故人になってしまった人ではあれ、そこはやはり我々と「同時代の日本語」で翻訳するのが筋だと思う。

「闖蕩(ちんとう)」は「異郷で生活を求める」「異郷を渡りあるく」という意味の熟語なのだとのこと。これまた、端的な日本語に置き換えることができないのがもどかしい。

そんなわけで、迷いの中にも信念を持って生きようとしていることが伝わってくる家駒の歌唱と原詩の雰囲気に比べ、私の作った訳詞にはどうも泣き言だらけで言い訳がましい言葉が並んでしまった感じがする。けれどもこれが文字通り、今の私の「限界」というものなのだろうなと、率直に言って思う。

泣き言を重ねることだけはすまいと、とりあえず今は思っている。


尾藤イサオ あしたのジョー

このところ迷走を続けていて更新が滞りがちになっていた当ブログも、次回をもってどうにかこうにか、700曲目の新たな節目を迎えられることとなりました。「華氏65度の冬」の明日はどっちだ。日頃のご愛読に感謝します。ではまたいずれ。


=楽曲データ=
Released: 1991.9.6.
Key: D