華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Time After Time もしくは幕間その2 (1983. Cyndi Lauper)



幕間に、もう一曲。

きのう私がパティ・スミスの「フレデリック」について「知らずに聞いたらシンディ・ローパーの曲だと思ったかもしれない」と書いたのは、声や歌い方もさることながら、繰り返されるメロディラインがこの曲を連想させたからだと思う。もっともこの曲が発表されたのは、「フレデリック」の5年も後である。

私がこの曲を初めて聞いたのは、ラジオから流れてきたマイルス・デイヴィスのトランペットを通じてだった。

一番最初の長い長いラの音を聞いた瞬間に、止まった世界に釘付けにされた。あんなすごい音楽を聞いたのは、初めてだった。

それ以来、私はずーっとマイルス・デイヴィスという人の音楽を、分かりたいと思い続けている。でも、分かろうとするたびに、弾き飛ばされてしまう感じがする。マイルスのCDを聞く時には、いつも「覚悟を決めてから」でないと聞けない。聞きながら他のことなんて、絶対にできない。そして聞き終えると、今回もやはり「わかる瞬間」は訪れなかった、という敗北感だけが残される。

何年も何年もそんなことを続けているのは、最初に「Time after time」を聞いた時の衝撃、そしてそれを全身で「理解できた」と感じたその時の体験が、私にとってそれだけ強烈なものだったからなのだと思う。それをもう一度だけでいいから味わいたくて、私はマイルス・デイヴィスを聞き続けている。でもああいう瞬間は本当に「人生で一度だけ」のものなのだということを、心のどこかで、私は分かっている。


Miles Davis- Time After Time [long version]

マイルスの「Time After Time」は、もちろんシンディローパーの曲のカバーなのだけど、シンディの「Time After Time」とは、全然ちがう。

シンディローパーという人がこの曲を作ったのは、明らかにその「サビ」を歌いたかったからである。そして聞く方の我々も、やはりその大多数は、「サビ」が聞きたくて、一緒に歌いたくて、この曲をプレイヤーにかけるのだと思う。

ところがマイルスの演奏するこの曲は、いつまでたっても「サビ」にたどり着かない。「そこを強調するんですか?」と言いたくなるような最初の地味なフレーズばかりが何度も何度もTime After Time繰り返される。そしてようやくサビのところに来たと思ったら「ひゃらひゃらひゃら」と肩すかしを食わされて、また最初のフレーズに戻る。それが結局最後まで、繰り返される。

マイルスという人は演奏する時、いつもトランペットを下に向けて目だけが前を見ていたのだということを、私はYouTubeで見て初めて知った。この人にとって「演奏する」ということは、「頭の中にあるメロディを再現する」ということではなく、一回一回が「新しい音を探し続ける」行為だったのではないかと、そのとき私は思った。

Time After Timeという曲においてはその「探すべきもの」の中身が、あの一番最初の長い長いラの音の中に、すべて一旦ナマの状態でぶちまけられているのだと思う。それをもう一度ていねいに拾い集めて「探し直す」ことが、マイルスにとってこの曲を演奏するということの「意味」だったのではないかといったようなことを思う。この曲が演奏されているYouTubeのライブ映像は、全部見た。そしてそのたびに「新しい何か」が、マイルスにも観客にも発見されていたのだということを、私自身にも「発見」できた気がした。

けれどもそのマイルスという人に「見つけるべき何か」の存在を感じ取らせたのは、やはりシンディローパーの歌うこの「曲」そのものの力なのである。その意味でやっぱりこの曲は、とんでもない名曲なのだと思う。

この曲のPVを私は今回初めて見たのだけれど、寝ている彼氏の顔を撫でながら歌い出したり、お母さんとおぼしき人を抱きしめてサビを歌ったりしているシンディの映像は、私にとっては意外だった。この歌は初めから終わりまでずーっと「ひとりで」歌われているという印象が、私にはあったからである。シンディと聞き手の人間以外には本当に「誰もいない世界」で歌われている歌なのだと、私は思っていた。それにつけてもこのPVの中でシンディは一体髪の色を何回変えているのだろう。ハリーポッターに髪の毛の色を自由自在に変えるニンファドーラ・トンクスという十代後半の魔女が出てくるのだけど、あの人のモデルはシンディに違いなかったのだろうなといったようなことも、PVを見ながら私は思った。

このPVの再生回数はほぼ2億回とのことで、このブログでとりあげてきた曲の中ではAnother Brick in the Wall partⅡ に次いで第2位である。こういう歌を通じて世界がひとつになれるなら、それはとてもよいことだと思う。


Cyndi Lauper - Time After Time

Time After Time

Lying in my bed I hear the clock tick,
And think of you
Caught up in circles confusion…
Is nothing new
Flashback…warm nights…
Almost left behind
Suitcases of memories,
Time after…

時計の音を聞きながら
自分のベッドに寝そべって
あなたのことを考えている。
ぐるぐるする混乱に
からめとられて
でもそれは今に始まったことじゃない。
フラッシュバックする
あたたかい幾つもの夜
私はそれを捨てようとしている。
スーツケースいっぱいの思い出
それが何度も…


Sometimes you picture me…
I'm walking too far ahead
You're calling to me, I can't hear
What you've said…
Then you say…go slow…
I fall behind…
The second hand unwinds

私にはわかる。
時々あなたは私のことを思い浮かべている。
私は遠く歩き去ろうとしている。
あなたは私に向かって
何か呼びかけているけど
何て言ってるのか
私には聞きとれない。
そしてあなたが言う。
「スピードを落としてくれ」って。
「ついて行けなくなっちゃうから」って。
時計の秒針が
巻き戻る


If you're lost you can look
…and you will find me
Time after time
If you fall I will catch you
…I'll be waiting
Time after time

もし道を失ったら目をこらしてほしい。
私はきっとそこにいるから。
いつも
何度でも。
もしもあなたが倒れたら私が受け止める。
私は待っているから。
いつも
何度でも。


After my picture fades and darkness has
Turned to gray
Watching through windows
…you're wondering
If I'm OK
Secrets stolen from deep inside
The drum beats out of time…

心の絵が消えた時
暗闇は薄くなっていた。
窓の外にあなたがいる。
私のことを心配して
さまよっている。
私の深い内側から
盗み出されたいくつもの秘密。
ドラムが鳴っている。
私とは合わないビートで。


If you're lost you can look
…and you will find me
Time after time
If you fall I will catch you
…I'll be waiting
Time after time

もし道を失ったら目をこらしてほしい。
私はきっとそこにいるから。
いつも
何度でも。
もしもあなたが倒れたら私が受け止める。
私は待っているから。
いつも
何度でも。


You said go slow…
I fall behind
The second hand unwinds…

スピードを落としてくれって
あなたは言った。
取り残されてゆくのは私。
時計の秒針が巻き戻る…


If you're lost you can look
…and you will find me
Time after time
If you fall I will catch you
…I'll be waiting
Time after time

もし道を失ったら目をこらしてほしい。
私はきっとそこにいるから。
いつも
何度でも。
もしもあなたが倒れたら私が受け止める。
私は待っているから。
いつも
何度でも。


Time after time...
Time after time...
Time after time...
Time after time...

いつも
何度でも

=翻訳をめぐって=

  • 「歌い方」の中にどれだけそれが反映されているのか、英語話者でない私には想像することしかできないのだけど、文字になったこの歌の歌詞を特徴づけているのは「…」の多さである。「…」がこれだけ多いということは、シンディローパーはこの歌に込められた気持ちの「ごく一部しか」言葉にしていないということを示しているのである。ということは英語話者の人たちの耳にはこの歌詞はきっと、「ぶった切られた言葉の断片」のように聞こえているのだと思う。だからそういう日本語で訳さなければならないと思ったのだけど、できあがったものを見ると、やはり説明がちになっている感はいなめない。
  • you say--go slow--I fall behind--この歌詞の解釈で一番むずかしいのはここだった。「…」の中身を間接話法だと解釈するなら「I」はシンディを意味していることになるし、直接話法だと解釈するなら彼氏だということになる。そして「耳に聞こえる歌詞」には当然「…」もカギカッコも存在しないから、「文脈で判断するしかない」ということになる。英語話者の人たちはきっとそれを無意識にやれてしまうのだろうが、そういうことは私にはやれない。結局いろいろ考えた結果、1回目は彼氏で2回目はシンディなのだろうという解釈で翻訳した。だが、例によって確信は持てない。意見や訂正をお待ちしています。

…それでは、ブルースブラザーズ特集に戻りたいと思います。トイレを済ませてお待ち下さい。

She's So Unusual

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