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佐藤良明氏の新訳で出版された岩波書店のディラン詞集「The Lyrics 1961-2012」。ふたつめに掲載されていたのは、前回に引き続き1stアルバム「ボブ·ディラン」に収録されている2曲だけのオリジナル曲のうちのもう片方、「Song to Woody (ウディに捧げる歌)」の訳詞だった。事実上、ディランのデビュー曲と言うべき作品だと私は受け止めてきたし、またハタチのディランが「自分自身の出発点」を、世界とそして自分がもっとも尊敬してきたミュージシャンに向けて明らかにしてみせた、彼氏の歴史において重要な位置を持つ歌だと考えている。
個人的にはこの歌は、自分がテレビで初めて「動くディラン」の姿を見た時に彼氏が歌っていた歌として、思い出深い作品でもある。今までにこのブログで何度も振り返ってきた1992年のディラン30周年トリビュート、NHKでは二日に分けて放送されたのだったけど、その二日目の最後の最後まで、ディランという人は姿を現さなかった。ひょっとして「みんながディランの歌を歌ってそれで終わり」になってしまうのではないかとハラハラしながら見ていたら、ようやく出てきたその人は何だかオシッコの匂いがしてきそうな貧乏くさいスーツに身を包んで、体に合っていないギターを抱えた「小っちゃいおっさん」だった。後になって読んだ本によると、アメリカやイギリスの何十人ものスーパースターが自分のために準備してくれたこのコンサートにおいて、ディランという人は何をスネていたのか「出番の直前まで酔っ払って寝ていた」という話らしいのだが、実際、そんな感じだった。歌い出した声は明らかに、呂律が回っていなかった。
「何やのん?このひと」と私は思った。ワザとこんな歌い方をしているのだろうか。それともこれがこの人なりの「まじめな歌い方」なのだろうか。この時の「ウディに捧げる歌」はあまりに「グダグダ」だったからなのか、NHKでは放送されたものの、後になって発売された二枚組のライブアルバムの中には、収録されていない。YouTubeには動画が出ていないかと思って探してみたが、やっぱり見つからなかった。
けれどもそれはそのコンサートにおいて、間違いなく「一番大切な瞬間」に他ならなかった。字幕で流れていた曲紹介と歌詞の大意を読んだだけで、中学生だった私にもそのことはわかった。その日会場にいた人たち全てにとっても、後からテレビで見た人たち全てにとっても、そしておそらくはディラン本人にとっても、きっとあれは「それまでの30年間で一番大切な瞬間」だったに違いないと今でも思う。
何度か訳そうと試みたことのあった歌だが、自分自身がこの歌を作った時のディランと同じように若くて「気負い」でいっぱいだった頃には、どうしてもうまく訳せなかった作品だった。以下、試訳である。
Song to Woody
Song to Woody
英語原詞はこちら
I’m out here a thousand miles from my home
Walking a road other men have gone down
I’m seeing your world of people and things
Your paupers and peasants and princes and kings
ぼくはいま
自分のふるさとを1000マイルも離れて
この場所に立っています。
自分の他にもいろんな人たちが
歩いてきた道の上に立っています。
あなたの見てきた人びとや物ごとと
同じ世界を今ぼくも見ているんです。
あなたが歌にした都会や田舎の貧しい人々
そして王子たちや王者たちの世界をです。
Hey, hey, Woody Guthrie, I wrote you a song
About a funny old world that’s a-coming along
Seems sick and it’s hungry, it’s tired and it’s torn
It looks like it’s a-dying and it’s hardly been born
ねえウディ·ガスリー
あなたのために歌を作りましたよ。
めぐりめぐって今ぼくらの前にある
昔から何も変わらない
この変てこりんな世界についての歌。
見たところ病気みたいで
腹ぺこみたいで
疲れてるみたいで
ボロボロになってるみたいで
まるで死にかけてるみたいで
そしていまだ生まれてさえいない
世界についての歌。
Hey, Woody Guthrie, but I know that you know
All the things that I’m a-saying an a-many times more
I’m a-singing you the song, but I can’t sing enough
Because there’s not many men that done the things that you’ve done
ねえウディ·ガスリーでもあなたには
きっとわかってるんだと思います。
何回も何回も繰り返しぼくが
言葉にしようとし続けてることなんて
はじめから全部。
ぼくはあなたに向けて歌っています。
きっとこの歌なんだって
思えるような歌をでも
歌いきれないんです。
だってあなたみたいなことをやれた人は
世の中にそうはいないんですから。
Here’s to Cisco and Sonny and Leadbelly too
And to all the good people that traveled with you
Here’s to the hearts and the hands of the men
That come with the dust and are gone with the wind
シスコ·ヒューストンさんと
サニー·テリーさん
それにレッドベリーさんにも
この歌を捧げたいと思います。
そしてあなたと共に旅した
心の正しい人たちすべてに。
塵と共に来たり風と共に去って行った
ひとびとの心と両腕とそのわざとに。
I’m a-leaving tomorrow, but I could leave today
Somewhere down the road someday
The very last thing that I’d want to do
Is to say I’ve been hitting some hard traveling too
ぼくはあした旅立とうと思っています。
でも今日行くことだってできるんです。
いつかどこかの道の上で
最後の最後にぼくの願いがかなうとしたら
言ってみたいと思ってるんです。
自分もまた
ウディ·ガスリーが歩んだような
険しい旅路の途上なんだって。
=翻訳をめぐって=
ウディ·ガスリーというのがどういう人で、どんな歌を歌っていた人だったのかといったようなことについては、ここであれこれ述べるのはやめようと思う。今回28年ぶりにこの歌を聞き返してみて、改めて自分自身、ウディ·ガスリーの歌を「ちゃんと」聞いてみたいという気持ちになった。20世紀には聞きたいと思っても聞く方法がなかったわけだが、今では検索さえすれば好きなだけ聞ける。聞いてそれを、ディランという人とは「違う人生」を歩むことになった私自身の、「新たな出発点」に変えていきたいと思う。
この歌はウディ·ガスリーの「1913 Massacre」という曲と、同じメロディで歌われている。次回はとりあえずその歌を取りあげて、今回の記事の続編にさせてもらうことにしたい。
I’m a-leaving tomorrow, but I could leave today
Somewhere down the road someday
The very last thing that I’d want to do
Is to say I’ve been hitting some hard traveling too
今はディランのことなんか好きでも何でもない私なのだけど、この最後のヴァースを訳し終えた時には、改めて、「いいな」と思った。初々しくて、キラキラしている。そして、謙虚である。ディランという人にも、こんな季節があったのだな。そしてそれは誰にとってもあるはずだし、私自身にも確かにあった季節なのだ。
でもって、新訳詞集ではどんな風に訳されているのだろうと思って、佐藤氏訳を開いてみた。前回は佐藤氏訳を読んだ後で自分の試訳を作ったのだけど、今回は読む前に訳してみた。今後はそうしていこうと思っている。
そしたら上の4行は、以下のように翻訳されていた。
あしたここを出ていくよ、きょうでも同じさ
どこかに着けば、いつか着けば、それでいい
僕の旅、まあそれなりにハードだけれど
泣き言だけはいいたくない
…え?
と私は思った。
それ以外に何も言葉が出てこない。
て言っか、何を言っても仕方がないのではないかという気がする。
なので今回の「#新訳ディランに物申す」は、これで終わりにさせてもらいます。それにつけてもこのシリーズ、どこか適当なところでケリをつけないと自分の他にやりたいことが全然できなくなってしまうのだけど、どうやって終わらせたものだろうか。
何はともあれまたいずれ。