華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Stay Away もしくはいてくれあっちにどっちだよ (1991. Nirvana)



当ブログが全力をあげて応援してきた正統派叙情青春ブログ絵日記文学作品「ミチコオノ日記」の作者の方が、病気療養のために休業に入られるにあたり、しばしの別れのあいさつとして、「華氏65度の冬」のためにヘッダー画像を描き下ろしてくださった。私も大好きな映画「スワロウテイル」をイメージした画面構成の中に、「ミチコオノ日記」の登場キャラクターの皆さんが配置され、さらに「華氏65度の冬」と「ミチコオノ日記」の共通の読者の皆さんのおなじみのアイコンまでが、あちこちに散りばめられている。描かれていない皆さんに対してあまりに申し訳ないので、探してみて下さいとは言いにくいのだが、とにかく感無量だとしか言いようがない。

michiko-ono-diary.hatenablog.com
「ミチコオノ日記」はどんな既成のジャンルにも分類することができない斬新な表現スタイルで私に衝撃を与えてくれた(くれ続けている)ことにとどまらず、多くのかけがえのない出会いをも、私にもたらしてくれた。「ミチコオノ日記」の「私的ファンサイト」として私が10月に立ちあげた別ブログは、今では「今井町公民館」という名前になって、あの作品を愛する有志メンバーの共同編集にもとづく極めてユニークな情報発信/共有の場へと、装いを一新している。肝心の作者の人が休みに入られたことで、今では少しだけ活気を失った状態になっているのだけれど、興味のある方はぜひ、のぞいてみて頂きたい。
nagi1995.hatenadiary.com

今回、ヘッダー画像の変更と同時にブログデザインの全体を一新してもらえないだろうかという無理難題に快く応えてくださったのは、「今井町公民館」の編集メンバーの一人でもあるサラさん(id:sara_pezzini)だった。この場を借りて、御礼申し上げます。記念すべきリニューアル回の曲として選んだ「Stay Away」の翻訳は、そのサラさんからのリクエストであると同時に、「ミチコオノ日記」の作者の人との以心伝心でスタートさせたニルヴァーナ特集の継続でもある。年の瀬が近くなり、わたしもどんどんブログに割ける時間が少なくなりつつあるのだが、作者の人との絆にかけて、この特集だけは何としても年内に完結させたいと、心に決めている。

「ミチコオノ日記」の再開を、首を長くして待たせてもらいます。でもくれぐれも、無理はしないでくださいね。



Stay Away (1992 Live)

Stay Away

英語原詞はこちら


Monkey see, monkey do
(I don't know why)
Rather be dead than cool
(I don't know why)
Every line ends in rhyme
(I don't know why)
Less is more, love is blind
(I don't know why)

猿見猿真似
(何でと言われても困るのだが)
クールになるぐらいなら
死んでた方がいい
(何でと言われても困るのだが)
すべての行が
韻を踏んで終わる
(何でと言われても困るのだが)
持たないことが豊かなことで
恋というのはblindなものだ
(何でと言われても困るのだが)


Stay
Stay away
Stay away
Stay away

いてくれ
あっちにいてくれ
あっちにいってくれ
こっちに来るなと言ってるんだ


Give an inch, take a smile
(I don't know why)
fashion shits, fashion style
(I don't know why)
throw it out and keep it in
(I don't know why)
have to have poison skin
(I don't know why)

一歩ゆずって微笑んで
(何でと言われても困るのだが)
くそみたいなファッション
流行のスタイル
(何でと言われても困るのだが)
外に放り出した上で
内に秘めておけ
(何でと言われても困るのだが)
毒のお肌を
持たねばならぬ
(何でと言われても困るのだが)


Stay
Stay away
Stay away
Stay away

いてくれ
あっちにいてくれ
あっちにいってくれ
こっちに来るなと言ってるんだ


I don't know why
I don't know why

何でと言われても困るのだが
何でと言われても困るのだが


Stay
Stay away
Stay away
Stay away

いてくれ
あっちにいてくれ
あっちにいってくれ
こっちに来るなと言ってるんだ


Monkey see, monkey do
(I don't know why)
Rather be dead than cool
(I don't know why)
Every line ends in rhyme
(I don't know why)
Less is more, love is blind
(I don't know why)

猿見猿真似
(何でと言われても困るのだが)
クールになるぐらいなら
死んでた方がいい
(何でと言われても困るのだが)
すべての行が
韻を踏んで終わる
(何でと言われても困るのだが)
持たないことが豊かなことで
恋というのはblindなものだ
(何でと言われても困るのだが)


Stay
Stay away
Stay away

いてくれ
あっちにいてくれ
あっちにいってくれ


I don't know why
I don't know why

何でと言われても困るのだが
何でと言われても困るのだが


Stay
Stay away
Stay away
Stay away

いてくれ
あっちにいてくれ
あっちにいってくれ
こっちに来るなと言ってるんだ


Stay away
Stay away
Stay away
Stay away
Stay away

こっち来んな
こっち来んな
こっち来んな
こっち来んな
こっち来んな


God is gay!
神はゲイなのだ。

=翻訳をめぐって=

Monkey see, monkey do

直訳は「猿が見る、猿がやる」。というわけで私は最初「猿がやるのを猿が見る」と翻訳しかけてしまったのだが、辞書を引いてみるとこの「Monkey see, monkey do」の全体で「猿真似をする」という意味の熟語になるらしい。さらに「do」という言葉にはそれ自体に「真似をする」という意味も含まれているとのことであり、たとえば「I do Sakurada Junko」と言えば日本語と同じように「桜田淳子やりまーす」という意味になる。別に桜田淳子でなくてもいいのだけど、子どもの頃の声変わりする前の私は桜田淳子のマネがうまくて親戚中の人気者だったのだということをちょっと自慢させてもらいたい気持ちになっただけであり、他意はない。余談ながら私は以前に関東地方の某所で「桜田ファミリア」というアパートを見つけてしまい、そこの住人の人たちも見ているかもしれないというのに、笑けてしゃーなかったことがある。

しかしそれなら「monkey see」はどこに行ってしまうのだろう。これまでに何度も書いてきたことだけど、外国語のことわざなどにたまたま日本語の慣用句と似た表現があったからといって、完全にその表現に置き換えてしまう翻訳の仕方には、私は懐疑的である。英語圏の猿は真似をする前にまず「見る」のだ。この点、見る前に跳んでしまう日本の猿に比べて幾分慎重な姿勢を有していることを、我々は重視しなければならないと思う。

そんなわけで私はこの四語を「猿見猿真似」という、従来の日本語表現には存在しなかった言い方であえて翻訳することにした。異論がある方は申告されたい。流行らせたいと思う人がいるなら、別に私の意向は確認しなくても自由に使って下さって構わない。声や文字になって自分の内側から外に出てしまった言葉というものは、すでに私のものではないのである。だから私は著作権というものの存在を根本的に認めていない。

I don't know why

直訳は「なぜだか知らない」。何も難しい表現ではないのだけれど、文脈から考えてどういう日本語表現に置き換えるのが適当かという問題は、やはり重要だと思う。

たとえば我々関西人は、英語で表現すればどちらも「I don't know why」と翻訳しうる「何でやねん」と「知らんけど」を、完全に「別の意味を持った言葉」として、使い分けている。「何でやねん」は極めて攻撃的な言葉だけれど、「知らんけど」はどちらかと言えば「自分の口にしたことに対する責任を回避したい時」に使われる言葉である。そしてこの歌における「I don't know why」は、どちらかと言えば「何でやねん」より「知らんけど」に近いものであるように思われる。

全体として、「何か格言めいたことを口にしては、自分でそれを打ち消す」という趣向になっているのが、この歌の歌詞の特徴である。格言を否定するということにはすなわち既成の価値観に対する反逆の姿勢が示されているといったような論評の仕方はダサいから私はしないけど、何やら意味ありげに口に出された前の言葉を即座に無化するような言葉として「I don't know why」というフレーズが選ばれていることは、明らかだと思う。ニュアンスとしては「昔から猿見猿真似ちゅーよね。知らんけど」みたいな感じで完璧だと思うのだが、これだと関西人の日常会話にしかなっていないので、それを改めて「歌詞の言葉」として翻訳しなおし、「何でと言われても困るのだが」という形に意訳した。

なお、初めて聞いた時、私は「Monkey see, monkey do」部分と「I don't know why」部分は別々の人が歌っていると思い込んでいたのだが、動画を見たら両方ともカートが歌っている。いろんな声を、持ってる人だったのだな。

less is more, love is blind

何か最近、ブログとか読んでると「ミニマリズム」とか「ミニマリスト」とかいう言葉をしょっちゅう見かけるようになったのだけど、「less is more」というのはそうしたミニマリスト=必要最小限の生活を心がけている人たちのスローガンになっているような言葉で、「物が少ないほうが、心や人生は豊かになる」という意味であるらしい。もっとも最近になって「ミニマリスト」を自称している人が増えたのは、単にスマホさえあれば何も要らないような世の中に変わったからであって、20世紀の生き残りの感覚からすれば、スマホのある生活というものは決して「ミニマル」なものには思えない。

「blind」は「視覚障害者」に対する差別表現であり、ここでは原文をそのまま転載しました。

Stay
Stay away
Stay away

「Stay」という動詞がハダカで口に出されると、英語話者の耳にはそれがまず、「ここにいてくれ」という命令形の言葉に聞こえる。その後に「Stay Away」というフレーズが続くことで、初めて聞き手はさっきの「Stay」が、「あっちに行け」という正反対の意味を持つ熟語の一部としての「Stay」だったのだということに、気づかされる。こんな風に英語という言語の特徴を逆手にとって、聞き手に肩透かしを食わせるような歌詞の作り方を、これまでに翻訳してきた他の曲の中でも、何度となくカートは繰り返している。

こうした特徴的な作詞スタイルは、カートによる言葉遊びと言うよりも、むしろ英語という言語に対する「復讐」みたいな意味合いが込められたものなのではないかという感じが、私はする。ニルヴァーナの楽曲に貫かれている「反逆」の精神は、既成の秩序やかれらのことを支配しようとするあらゆる存在に向けられていることを感じるが、それを突き詰めるなら「その人が母語としている言語の文法構造」ほどその人のことを深々と支配し、「既成の秩序」の中に押し込めようとする存在は、他にないからである。

私自身、「日本語に復讐してやりたい気持ち」にかられることは、しょっちゅうある。そんな自分の感覚に引き寄せた解釈にすぎないといえばすぎないのかもしれないが、とにかくそういう面でもカートという人とは、出会えていればきっと気の合う友人になれていたはずなのにと思わずにいられない。亡くなったことは返す返すも、残念だったと思う。

have to have poison skin

「俺に近づこうとする人間はみんな死ねばいい」という意味だという解釈が海外サイトには書かれていたが、そこまで深い考えをもって書かれた歌詞でも、ないように思う。ただし深い考えもなしに発せられた言葉が、聞く人の心をグサッと刺し貫いてしまうということは、往々にして起こりうることである。そして刺し貫かれてしまった人間の気持ちとしては、深い考えの上に発せられた言葉であってくれた方が、まだ納得できるという風に考えるのが人情というものだと思うのである。何の話をしているのだ私は。

God is gay!

Smells Like Teen Spirit」の記事にも出てきたが、カートが一時期、シアトルの街中にスプレーで落書きして回っていたフレーズなのだとのこと。なお、カートには落書きで逮捕された経験が複数回あるが、この文言が逮捕の口実になったといういくつかのサイトに見られる記述は誤情報であり、その時カートが書いていたのは別の内容であったらしい。別に何を書いたのであれ、間違ってるのは逮捕する警察の側なのだから、どうだっていい話ではあるのだけれど。

カート自身は生前のインタビューの中で「精神的な部分ではゲイだと思う」。「自分はバイセクシャルかもしれない」という趣旨のことを語っているそうだが、本人に同性愛の経験は、なかったらしい。ただし同性愛者を憎悪したり排撃したりする人間たち(いわゆる「ホモフォビア」)に対しては、一貫して激しい怒りを向けていたことが、歌詞やインタビューからはうかがえる。

「神はゲイである」という文言それ自体については、いくつかの解釈が可能である。ひとつにキリスト教、と言うより「聖書」を聖典としている各宗教においては、歴史的に同性愛は「神が禁じた行為」であるとして激しく弾圧されてきたし、今でもされている。その神自身が同性愛者なのだというこの文言は、聖書の「神」に対する最大級の「冒瀆」であり、宗教そのものを批判し否定するためのメッセージであると、まずは解釈しうる。けれども、「神」に対する「アンチ」として「ゲイ」という言葉が使われているのだとすれば、この「ゲイ」は「悪口」として使われている言葉だということになる。私はそういうの、好きではない。

しかし「神のことを尊重するのと同じように、ゲイのことも尊重すべきだ」という読み方もできる。ゲイの存在を讃えるために「神」という言葉が使われているというのが、こちらの解釈である。だがそうすると今度は「神」や「宗教」を批判する内容が皆無になってしまうので、こういうのはこういうので、私はやっぱり好きになれない。

つまるところ、この文言がどういう意味を持っている言葉であれ、よくできた警句だとも気の利いた言い回しだとも、私には思えない。翻訳としては「神はゲイなのだ」だけで充分なわけだが、感想はということになると「好きじゃない」としか私には言えない。だからそれについて「解説」したいという気持ちも、起こらない。

時々「天皇はもともと日本人じゃない」みたいなことを言ってみせたがる人がいるが、そんなのは「単なる事実」にすぎないわけであって、わざわざ言葉にしたところで、何も天皇制を批判したことになりはしない。むしろ「日本人じゃない人間は迫害してもかまわない」という、差別的な主張にしかなっていない。「神はゲイである」というこの最後の歌詞に対する私の違和感は、その問題とすごくよく似ているのを感じる。

一方で、「日本人じゃない人」を「大切にしろ」という主張として「天皇はもともと日本人じゃない」という言葉を口にする人がいたとしたら、その人はやっぱり実質的には、「天皇制を大切にしろ」ということ以外には何も言っていないわけなのである。結局天皇制みたいな邪悪なものは「要らない」「なくせ」としか言いようがないものなのであって、他の何かにたとえて批判しようとすることが、そもそも間違いの始まりなのだと思う。

「神」も「天皇」と同じ、と言うか歴史的に「神」を自称してきたのが天皇の一族に他ならないわけだが、そんな風にして「人間の外側」に君臨しようとする存在に対しては、我々が「人間」であろうとする以上、「全面的に否定する」か「全面的に屈服する」かの、どちらかしかありえない。どっちつかずの態度をとろうとする人間は、必ず最後には「呑み込まれる」以外になくなってしまうのである。

だから「神はゲイである」という言葉でもってカートが言いたかった内容が何であったにせよ、彼のやろうとしたことは「失敗だった」としか、私には言いようがない気がする。

「この木なからましかば」という感じですね。


離れろよ (バービーボーイズ)

前々回に使ったばかりの曲をまたエンディングに持ってくるのは芸がないことこの上ないのだが、この歌のタイトルも英訳すれば「Stay Away」なのだということに気づいてしまった以上、他の曲は選びようがなかった。そんなわけで、せっかくのリクエストだったにも関わらず、後味の悪い終わり方になってしまった気がします。残念ではありますが、参考にして頂ければ幸いです。今後とも「華氏65度の冬」をよろしくお願いします。ではまたいずれ。

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Stay Away

Stay Away

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